会津藩で砲術指南だった山本家に生まれた新島八重。幼少から非常に活発で、兄から洋式砲術の操作法を学んだ八重は、激動の会津戦争の中「幕末のジャンヌダルク」と呼ばれるほどの活躍で注目を集めます。 明治に入ってからは、同志社大学創立者の新島襄と結婚し、「ハンサムウーマン」と呼ばれた彼女。その生きざまは現代に通じる、まさに時代を先取りした女性像です。